【動画あり】『ポケットモンスター ソード・シールド』の問題から「ポケモン」に対する「在り方」を考える

2019年8月16日ゲーム

車窓の向こう側を見つめるネイティとネイティオ(一畑電車内にて)

この記事は、とある読者さん(K氏とする)からいただいたご質問をもとに、今の私自身のポケモンに対する見解をまとめたものである。少々長くなるが、最後までご一読くだされば幸い。

なお、以下の記事をご覧になっていることを前提に話を進めることとしたい。

 

質問篇

今月某日、上記記事をご覧になったと思われるK氏から、「お問い合わせ」フォームより以下の質問が寄せられた。著作権・プライバシー等の法的観点からメッセージ全文を載せることはできないが、だいたい以下の内容だったことはお伝えしておく。

ご質問(要約)

K氏自身は『ポケットモンスター ソード・シールド』を買って楽しもうと思っているが、昨今の騒動から煮え切らない部分も多く、自分の中でどう折り合いをつけるべきか迷っている。
また、購入を控える人たち、ひいてはゲームフリークや株式会社ポケモンの所業を非難する人たちとの付き合い方についても考えてしまう。

これらのような問題について、どのように対処するべきだろうか?

これはなかなか鋭いご質問で、文面からはK氏自身も相当悩んでいることが伺えた。

記事を公開している私自身、この質問に答える義務があると感じたので、この記事において自分の意見をまとめようと思った次第だ。K氏がまだ当サイトをご覧になっているか不明のところはあるけれども(追記:後日、本人からお礼の言葉をいただいた。ありがとうございます)、この記事をもって回答に代えることとしたい。

 

回答篇

上記のご質問に対する回答は、おおよそ以下の通りとなる。

 

「買うな」とは、とても言えない

まず認識していただきたいのが、『ソード・シールド』を購入するかどうかを決める権利は、それそれ一人ひとりにある、ということだ。

私ができるのは買うのを控えるようにするために情報を提供することのみである。ディスプレイ越しにいる人たちに向けて不買を強制することなど、できるわけがない。また、買った人をバカにすることも、本来は決してやってはいけないことである。

K氏は楽しもうと思っているから『ソード・シールド』を買う。それはそれで結構なことだ。私に止める権利はない。ただし、プレイした感想がどのようなものか、保証することはできかねるのも、言うまでもないことだが。

 

「カモにされているかもしれない」という自覚は持っていて欲しい

ゲームフリークだって株式会社ポケモンだって、単なる私企業なのだから、利益をあげなければ企業活動を行うことはできない。ただ、普通の企業ならば、顧客からの信頼を損なうようなことは不可能だし、やってもいけない。

問題は、既に騒動からも明らかになっている通り、信頼関係を著しく傷つけることをやっているにもかかわらず、販売予約に踏み切っているというところだ。これはもう、全世界各地のポケモンファンの方々からお金を巻き上げようとしているに他ならない(と、私は思っている)。つまり、ファンの方々は都合の良いカモにされているのである。

もちろん、こういう推測は間違っているかもしれない。ただ、いずれにせよ、盲目的に物を買ってしまうのであれば、公式側からATM扱いされてしまっていることになる。これではカルト信仰と変わらないではないか。

だから、購入もしくは予約に走る前に、じっくりと自分の中で検討を重ねておいて欲しい。上記の通り、私は「予約するな」とも「予約しろ」とも言えない。こういうことは自分の中で折り合いを付けるべき問題だからこそ、「カモにされているかもしれない」という自覚だけは持っておくのが良いのではないか。

 

「盲目的な信者・罵倒者」からは離れるべき

「ポケモン」シリーズのファンと言っても決して一枚岩ではないのは、冒頭の記事のコメント欄から既にお察しの通りと思う。一つの作品に対し色々な視点があり、色々な意見があるので、その一つ一つを受け入れ、自分の考えと照らし合わせてみるというのも、今後の成長のためには絶対に必要だ。

ただし、物事には例外というものもある。ただ単に称賛したいだけの人、逆に非難を加えたいだけの人とは、距離を置いたほうが良い(話の便宜上、前者を「信者」、後者を「罵倒者」とする)。こういう人たちは、「自分と他人とは、そもそも抱いている考え方・価値観が異なっている」という大前提すら認識できていないことが多く、「敵か味方か」でしか人物を見れないことも多々ある。そのため、付き合ってみると気分を害するのは必至で、会話を交わすだけでもストレスが溜まってしまう。

私は常々思っているのだが、「こういった事実から、こういう考え方(結論)に行き着くのは間違いない」という考え方は、証拠を十分に揃えない限りは無謀ではないか。それぞれ一人ひとり、育ってきた環境や境遇などが異なっているのであり、その人の中での意味付けが全ての人に通用するとは限らない。だからこそ、「批判しないやつは馬鹿だ」とか「なぜ賛成できない愚か者がいるのか」などといった考えは、たいてい間違っている。

この問題においては、本当に話す人を選ぶべき。じっくりと腰を据えて対話できる人とのみ話し合う方が良いだろう。間違っても、「あの人は間違いなく正しい」「ああいうことは絶対に間違っている」と常日頃から口にしている人には近づかない方が、身のためである。

 

ちなみに、私は、私の中で「ポケモン」という存在・思い出が害されてしまったと感じたからこそ「まとめ記事」を上げたのであり、それ以上の理由というものはない。K氏を始めとした「SWSHを待ち望むファン」の方々にしてみればありがた迷惑だろうとは思うが、私は私なりに、自分なりの筋を通したかっただけである。それに対して思うことがあれば言ってくださって構わない(もちろん罵倒の類は別として)。

 

まとめ

結局、私が言いたいのは以下の3点である。

  • 購入を否定はしないが、くれぐれも自己責任で
  • 盲目的に予約や購入に走る前に、じっくり検討してみよう
  • 今般の騒動について話し合う人は慎重に選ぼう

K氏が思い描いてくださっていた回答になっているかどうか分からないが、これが現在の私の意見というものである。参考にしてくだされば幸いだ。

 

私情篇

開店前の旧ポケモンセンターオーサカ(2008年4月)。私の思い出の1ページでもある

せっかくなので、現時点での私のポケモンに対するスタンスを簡単にまとめておくこととする。

 

私自身、やはり未練を感じることはある

7月中旬の時点では、下記にて表明したとおり、グッズなども含め、ポケモンのファン活動を全て取りやめるつもりだった。ポケモンの小説も二度と書くまい、と考えてもいた。

しかし、さすがに20年以上もの長い付き合いをしている以上、そう簡単に縁が切れるわけはない。『ポケットモンスター ソード・シールド』を中心とした諸騒動を批判、非難している立場ではあるが、心の奥底では「ポケモンに立ち直って欲しい」という想いも残っている。そういう私情もあって、例の「まとめ記事」の更新を続けている所存である。

 

私にできることは「健全なファン活動」と「問題点への批判」

未練が残っているのならば、グチグチ言わず、タラタラと垂れ流さずに、いっそのこと「ポケモンが未だに好きである」と認めてしまうのが筋ではないか。そして、グッズを時折買い集めて、自分なりに楽しむことであろう。あるいは、書こうと思っていたポケモン二次創作小説を書いてみて、どこかで公開するなり何なりすれば良いのではないのか。つまり、同人活動の再開も考えてみる価値はある、ということだ。

もちろん、使えるお金や時間には限りはあるし、何より「ファン活動」は他人へのマウント取りのためにやるものではないから、ほどほどにしておきたいとは思っている。グッズにしても同人にしても、自分のために楽しむのが第一である。

 

そして、もう一つ、「ポケモン好きだからこそ、ゲームフリークや株式会社ポケモンの良くない点はしっかり批判をする」ということも大切だと思っている。盲目的に罵倒するのはダメだが、一方で明らかな問題点に目をつぶるのは、狼藉行為を見て見ぬ振りするのと変わらないことなので、これだけはやめておかなければなるまい。

 

今後の展望

結局、私たち「ポケモンファン」の動きがどうなってゆくかによって、今後「ポケモン」のコンテンツがどうなるかが決まるだろう。「本編ゲーム」がこけても、グッズやメディアミックスが堅調ならば今後も続くだろう。また、中四国や東北の各地方でポケモンが採用されているというところから、地元の方々に愛されるキャラクターという道もある。

もちろん、「本編ゲーム」という大黒柱が欠けてしまっては、従来の勢いを取り戻すのは極めて困難になる。今は「ポケモンGO」や「ポケモンカードゲーム」が「ポケモン」そのものを牽引している状況ではあるものの、これらのブームもいつまで持つか分からない。

昨今は「ポケモン」全体が大きな岐路に立たされており、ポケモンファンとしての「在り方」も問われている。節度を持ったファンがじんわりと目立つようになるか、それとも公式を含めた一部の方々の悪目立ちによって顰蹙を買い続けるのか。

少なくとも、コンテンツが完全に終了するようなことにだけは、くれぐれもなってほしくはない。『赤・緑』以来、これまでの23年間が水泡に帰すことになりかねないだろうから。

 

発売直前編(2020/01/04追記)

当ブログにて二回ほど意見表明をしている。詳しくは以下の記事をご覧ください。

 

発売後編(2020/01/04追記)

発売後ほどなくして公開された以下の動画を今更見て、思うところがあったので追記。

動画の要旨

上記動画の要旨は、「株式会社ポケモンが、ポケモンというコンテンツのあらゆる権利を握っていて、生みの親たるゲームフリークが下請けに逆転してしまっている。しかも、ゲームフリークの社員は低賃金で働かされており、利益自体もゲームフリークにはさほど流れているわけではない。だから、ゲームフリークを叩くのは筋違いではないか」というところ。このことを踏まえて話を進めることとしたい。

 

末端の社員は間違いなく被害者

上記動画であげられているように、ゲームフリークの社員数は、ポケモンのコンテンツの規模の割には非常に少ない。2019年12月の時点で正社員、契約社員だけで143人である。1)https://www.gamefreak.co.jp/company/about/

それなのに、「1年1作」2)当ブログの関連記事:ゲームフリークは金の卵を産む「コアルヒー」を殺すか ~ 「ポケットモンスター」の「1年1作方針」についてに代表されるような、スピードの求められる制作方針などにより、これだけの「少数精鋭3)https://www.gamefreak.co.jp/company/about/にしわ寄せが行っているのは間違いない。

また、中途採用の提示給与が年収で今日の時点で最低400万円程度4)https://hrmos.co/pages/gamefreak/jobs?jobType=FULLであることも考えると、ハードスケジュールの割に低賃金で働かされていることも分かる。

これから言えるのは、ゲームフリークを叩くにしても、末端の社員を叩くのは筋違いということである。彼らはあくまで被害者なのだ。

 

制作現場への影響

上記による影響は確実に制作現場に影響を与えている。

例えばOPやEDのムービーの制作は外部企業に委託されているわけで、制作過程の中でマウスカーソルが混入したとしても、全然気づかないまま発売と相成ったわけだ。

また、当然のことではあるが、自社社員だけでは制作が追いつかなかったらしく、大手派遣会社の株式会社パーソルの系列がエンディングにクレジットされていることも書き添えておこう(スペシャルサンクスとして、ではあるが)。

『ポケットモンスター ソード・シールド』のエンディング画面から。「パーソルテンプスタッフ株式会社」の文字が見える

 

一大コンテンツ「ポケモン」は、ゲームフリークだけでは最早扱いきれない

ゲームフリークという会社について、一つ同情すべきことがあるとすれば、それは「ポケモンというコンテンツがあまりにも巨大になりすぎている」ということだ(だからといって同社が昨今やらかしていることを擁護するわけではない)。

ポケモンは、アニメ、映画、グッズ、地域支援など、今や様々な方面でタイアップをするようになった。特にアニメと映画については、制作スケジュールが予め決まっているというところから、ゲームフリークもそれに合わせた納期設定をせざるを得なくなっているのではないかと思う。「1年1作」が実際に敢行されているのも、実際はそれが大きな理由の一つなのではないか(ゲームフリーク側の声明はとても擁護できるものではないにせよ)。

株ポケ側としては、どうしてもアニメや映画と、本編ゲームを連携させたい。だからこそ、ゲーフリには無茶な納期を押し付けていると思う。ポケモンだけで成り立っているといっても過言ではないゲーフリは、株ポケの要求を断るわけにはいかない(下手をすると業務提携を打ち切られる可能性もあるだろう)。そこで、過重労働当たり前のデスマーチが組まれているとしても、決しておかしな話ではない。

こういった側面があるから、例えばデザイナーの大村祐介氏、にしだあつこ氏や音楽の景山将太氏などは、早々に見切りをつけてしまって退職に至ったのではないかと思う(強調しておくが、これはただの憶測だ)。そして、ゲームフリーク自体も「ポケモン」が手に負えない存在になっているのではないか。

 

批判すべきはあくまで上に立つ人たち

ただし、以上の事情を踏まえても、本体やSDカード等が壊れてしまう可能性があるほどのクソを投げつけて良い理由にはならない。また、ポケモンのリストラを巡って理解に苦しむ対応を繰り返しても良い理由にもならない。当たり前のことだが、クソゲーは出ない方が良いし、クソ対応もやらない方が良いのだ。

そのため、『ソード・シールド』のプロデューサーである増田順一氏やディレクターの大森滋氏について、両名のインタビューにおける大言壮語などは、十分に批判されてしかるべきだろう。いくら裏事情があるからと言っても、嘘や出任せを言って良いわけはない。それに、任天堂や株式会社ポケモン側にも責任者がいるからと言っても、この人たちもまた責任をとらなければならないことは、言うまでもない。酌量の余地があるからということで罪が消えてなくなるわけはないのだ。

もちろん、人格攻撃に至ることはやってはいけない。しかし、罪状を取り上げ、所業のうちの悪いことを批判しなければ、彼らに反省の機会は訪れることがないだろう(ただ昨今の様子を見ていれば反省の様子がないようだけれども)。

 

株ポケに対する断固とした拒否姿勢

最後になったが、株式会社ポケモンについては、『ソード・シールド』のテレビCMや「ポケモンカードゲーム」や「ポケモンセンター」関係の販売法など、本当に阿漕なやり方が目立っている。そして、動画でも言われている通り、ポケモン関係の利益や権限は、同社(の上層部)が握りしめていると見ることもできる。

だから、ここで私たちができるのは、「要らないものは要らない」と、はっきりとした拒否行動を突きつけることしかない。

無論、全てのポケモン関連商品を買うな、とは言わないし、とても言う気にはなれない。不買運動に関わる気もない。ただ、「要るものは要る」「要らないものは要らない」というような区別をきちんとしておきつつ、「どのようなコンテンツについてファンの方々から需要があるか」というデータをはっきり示す必要はある。どんな商品でも「ポケモンだから」という理由だけで買っていては、株ポケは勘違いすることだろう。

こういった「買わないことによって抗議をする」という姿勢は、ポケモンに限らず、どのようなコンテンツでも必要になってくることだろう。それによって倒産してしまうのならば、同社にとって自業自得の結末である。

 

別ジャンルの話ではあるが、「不良品を売りつけられてジャンルが阿鼻叫喚と化した話」の一部分を引いて、この節の終わりとする。

「仕方ないじゃん。企業立場になろうよ。再販なんてしたら会社潰れちゃう。わかるでしょ?」

正論かもしれません。でも、何故消費者が、「不良品」(こんなこと絶対に言いたくなかったですが)を販売し、 問い合わせにもまともに取り合わずもみ消そうとしている企業に対して、この期に及んで気遣わなければならないのでしょうか?

引用元:「カリグル円盤問題」にみる、エンターテイメントにおける消費者の無力さについて – 何それ?って人にこそ読んでほしい

脚注   [ + ]