Last Update: 2018/09/24 10:44

2018年9月24日の日記:今は困っていなくても、将来困るかもしれない

 今朝、Twitterでとんでもない記事が流れているのを見つけた。

 昨日付で公開されたこの記事を目の当たりにして、私は強い憤りを感じずにはいられなかった。これこそ、「発達障害」の実情を何も分かっていない医師の典型例ではないのか、と。

 この記事で登場しているのは、「脳科学者」として著名な茂木健一郎氏と、「人気ドクター」であるらしい桑原斉氏。茂木氏が曰く付きの人物であることは今更言うまでもないが、桑原氏もとんでもない偏見を持った人物であることがこの記事を見ていてよく分かった。

 桑原氏はどうやら「他の能力で障害となり得る部分をカバーしていれば、発達障害とは診断できない」という考えらしい。確かに、生活や仕事で困っている部分がないというのであれば、わざわざ障害として認めるわけにはいかないだろう。

 だが、この考えには重大な欠落がある。それは何かと言うと、「今は困っていなくても将来困るかもしれない」あるいは「困っていないように見えて実は困っているかもしれない」という可能性である。だから、発達障害を抱えている者にとって、診断名や診察は必要不可欠なのだ。

 現在、発達障害という状況であっても、私生活はうまく行っている――そういう状態でいられるのが一番理想的だろう。だが、ふとしたことでトラブルが起こってしまうかもしれない。発達障害の場合、常にトラブルやストレスと隣り合わせの状態なので、いくら工夫で乗り切ろうとしたところで、どうしても大きくつまずく場面というのは人生のうちで出てくる。もし出てこないというのであれば、それは家族や支援者など、周囲のサポートによってかなりの部分を支えられているから、と見る方が良い。

 忘れてはならないのは、発達障害の持つ「特性」によって何かしら困る部分が生じ得るからこそ発達「障害」なのだ、という認識である。今日は困っていなくても、明日は困ることになるかもしれない。だからこそ発達障害者およびその周囲の方々は工夫を積み重ねることが必要である。もし対策を怠れば、うつや適応障害などの「精神障害」にかかる恐れがあり、事態は悪化する一方になるだろう。

「困っていなければ診断名を付けない」というのは一見良い話のように見えて、実は対策や工夫などをしたり発達障害への理解をしたりすることが遅れる可能性があり、当事者たちにとってはかなり危険である。だからこそ、できる限り早いうちに診断を下して、早期の対策を求めることが重要になるのではないだろうか。

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プロフィール

haunted-haunter.jpg稲葉 幽助(岡山市在住)
好奇心旺盛で、色々な物事に手を出しやすく、行動力が高い。
上達しきる前に物事から離れてしまいがちなのが悩み。
ASD(自閉症スペクトラム)診断済。精神障害者保健福祉手帳取得済。(詳細なプロフィール

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